股関節は下肢と体幹を繋ぐ関節なので、膝や足関節、体幹など股関節から下にも上にも影響を及ぼす可能性がある重要な関節です。
膝や腰に問題があったとしても、股関節が原因の場合も多く、ピラティスにおいても股関節の運動を指導する場面は必然的に多くなります。
ですが、股関節が重要なことはわかっていても、股関節についての知識が乏しいとピラティスの効果も半減してしまいます。
そこで、本記事では股関節の解剖学的な構造、特徴、運動機能から、股関節にとってどういう状態が理想なのかを解説します。
また、股関節における重要な筋肉や骨盤、腰椎、姿勢との関連についても解説します。
股関節の解剖学的な構造
股関節を構成するのは、大腿骨と寛骨の2つ。
2つの骨の構造を理解しておくことは股関節を評価する上非常に重要なこと。
大腿骨の形態
前額面上では、大腿骨には大腿骨の長軸と頸部から成る頸体角と呼ばれる約125°の角度が存在しています(参考文献1)。
これより角度が少ないと内反股、大きいと外反股と呼ばれます。
水平面上では、大腿骨頸部が大腿骨内外側顆を通る内外軸に対して10~15°前方に捻れている前捻角と呼ばれる角度が存在しています(参考文献1)。
この前捻角が15°より大きくなると過度前捻と呼ばれ、少なくなると後捻と呼ばれます。
125°の頸体角と15°の前捻角から屈曲・伸展、回旋が0°であれば、骨頭は前上方内側に向いていることになります。
大腿骨がこのポジションで固定されている場合、臼蓋を後下方へ向けると骨頭にうまくはまります。
つまり、大腿骨に対して骨盤前傾位が骨頭を臼蓋が覆う被覆率が高まり、安定性が高いポジション。
反対に骨盤後傾であると、臼蓋は前方へ向くため前方の被覆率はより低下してしまい、不安定なポジションとなる。
このように覚えましょう。
変形性股関節症や臼蓋形成不全などの症例では、元々臼蓋が浅く骨性の支持が得られにくかったり、筋による制御も不十分であるため、骨盤を前傾位で固定して骨頭被覆率を高めた姿勢になっている場合が多いです。
これは不安定な関節をどうしたら安定できるか?となった結果、骨盤前傾という反応が起こっています。
なので、前傾が強すぎる!と安易に後傾方向へ誘導したり、前傾へ引っ張っている筋を緩めたりすると、不安定感から痛みが出たり、うまく歩けないといったことになる可能性があります。
重要なのは、「なぜ骨盤前傾という戦略をとる必要があるのか?」という視点。
例えば、腸腰筋が機能していれば骨頭は求心位に保持でき、過度な骨盤の前傾による股関節の安定化を図る必要はありません。
このような仮説を立てると、腸腰筋は機能しているのか?腸腰筋が機能するにはどうするべきか?と考察することができます。
寛骨の形態
前額面上で臼蓋の大腿骨頭を覆う程度を表しているCE角と呼ばれるものがあります。
これは、前額面上で骨頭中心に対する垂線と骨頭中心と臼蓋上縁を結んだ線とのなす角度のことを指し、正常では約35°です(参考文献1)。
この角度が少なくなり、垂直に近づくと骨頭に対する臼蓋の被覆率は低くなり、脱臼のリスクが高まると言えます。
つまり、股関節が不安定ということ。
水平面で臼蓋が骨頭を囲む角度である寛骨臼前傾角と呼ばれるものが存在しています。
骨頭の前後を結ぶ線と寛骨臼の後縁と前縁を結んだ線からなる角度で、これは20°が正常であり、骨頭の前方は臼蓋で覆われてはいません(参考文献1)。
なので、構造上骨頭は前方に脱臼しやすく、後方は安定性が高い構造となっています。
骨盤が固定した状態で大腿骨を動かす場合、内旋すると骨頭は後方へ向くため関節適合性が高まると言えます。
35°のCE角と20°の寛骨臼前傾角から前後傾、回旋、側方傾斜が0°であれば、臼蓋は前下方へ向いていることになります。
寛骨がこのポジションで固定されている場合、大腿骨は屈曲・外転・外旋または伸展・外転・内旋すると骨頭が臼蓋へ向くため、安定性が高まります。
以下のように覚えましょう。
ただ、これはあくまでも骨盤が動かず大腿骨側が動く場合ですが。
股関節の解剖学的な特徴
股関節の解剖学から、以下の2つの特徴があります。
- 前方と外側に不安定
- 後方筋群の密度が高い
それぞれ具体的に解説します。
前方と外側に不安定
臼蓋は骨頭の2/3を覆っていて、内側、後方、上方を覆っています。
骨頭の前方、外側は臼蓋が覆っていないので、その方向への運動は必然的に構造的に不安定となります。
関節運動でいうと、伸展と内転ですね。
その不安定さを補っているものが関節包や靭帯などの静的な安定性に関わる組織、動的な安定性に関わる筋肉です。
<静的な安定性に関わる組織>
・関節包
・関節唇
・靭帯
関節包内靭帯:大腿骨頭靭帯、寛骨臼横靭帯、輪帯
関節包外靭帯:腸骨大腿靭帯、恥骨大腿靭帯、坐骨大腿靭帯
*腸骨大腿靭帯、恥骨大腿靭帯が前方の安定性に関わる靭帯です。<動的な安定性に関わる組織>
・腸骨筋
・大腰筋
後方筋群の密度が高い
股関節周囲筋を見ると、前方の筋群に比べて後方の筋群が多く、密度が高いです。
ということは、後方筋群の柔軟性の低下により骨頭の前方偏位が助長されやすいということです。
<股関節後方筋群>
・大殿筋
・中殿筋
・大腿筋膜張筋
・小殿筋
・梨状筋
・内、外閉鎖筋
・上、下双子筋
・大腿方形筋<股関節前方筋群>
・大腿直筋
・大腰筋
・腸骨筋
骨頭の前方への不安定さと後方筋群の柔軟性低下と合わさると、容易に前方へ偏位してしまいます。
腸腰筋は股関節におけるインナーマッスルで、機能不全をおこしている場合、アウターマッスルの緊張を高めて関節の安定性を得ようとするため、可動性は低下してしまいます。
このことから、関節構造的にも筋肉の配置的にも骨頭が前方へ偏位しやすく、それに伴って腸腰筋が緊張を高めて対応する戦略となりやすく、可動性が低下、モビリティとしての役割も失われてしまうということが考えられます。
このような股関節としての前提を理解した上で評価すると、評価・アプローチもスムーズに進めることができるかと思います。
股関節の機能解剖から考える運動機能
股関節屈曲時、純粋な大腿骨のみによる運動では90°程度しか動きません。
それ以上動かすと臼蓋から大腿骨頭が外れてしまい、脱臼してしまいます。
それ以上の動きは、骨盤と腰椎の動きを含んでいます。
「股関節運動=大腿骨+骨盤+腰椎」
このように表すことができ、この内のどこかに制限があると股関節運動は制限されるというわけです。
例えば、股関節屈曲時に腰椎がほとんど可動性がなかったとしたら。
動かない分を代償して股関節または骨盤に過剰に負担がかかってしまいます。
その結果、それが痛みを作ってしまったり、軟部組織のタイトネスを作り出してしまいます。
上記のメカニズムを理解するには大腿骨盤リズムを理解しましょう。
このように、大腿骨の動きには骨盤が必ずセットで動いています。
そして、骨盤の動きには腰椎が追従します。
これを考えると、股関節の可動域や筋力を考える上で骨盤に対する大腿骨運動だけを見るのは不十分だと分かります。
股関節の重要な筋の機能解剖
関節構造を理解したら、それを動かす筋肉の機能解剖についても理解を深めましょう。
今回は股関節の筋肉の中でも特に重要な「大腰筋」と「ハムストリングス」について解説します。
大腰筋
起始:浅頭-Th12~L4椎体および肋骨突起
深頭-全ての腰椎の肋骨突起
停止:小転子
作用:股関節屈曲・外旋
腰椎前彎・側屈(片側のみの収縮)
脊柱の安定化
髄節レベル:L2~L4
支配神経:腰神経叢および大腿神経
腰椎から小転子にかけて走行しており、股関節において最重要と言っても過言ではないくらい重要なインナーマッスルです。
大腰筋の機能が低下すると、腰椎にも股関節にも影響を与えるため担う役割としては大きいものがあります。
また、股関節の屈曲角度によって作用が変化します。
0~15°:大腿骨頭の圧迫
山嵜勉(編): 整形外科理学療法の理論と技術. メジカルビュー社, 1997, pp115-143.
股関節の安定化
15~45°:脊柱の直立
45~90°:股関節屈曲
0~15°では、臼蓋に対して大腿骨頭を求心位に保ち、股関節の安定性に働いています。
15~45°では、腰椎を前彎させて脊柱を構造的に安定させるように働いています。
大腰筋は上部では横隔膜と連結していますので、腰椎の前彎に伴って横隔膜は下方へ牽引されて張力が増します。
さらに、骨盤は前傾方向へ傾き、骨盤底筋群の張力も増します。
これによって、体幹は構造的にも機能的にも安定化します。
45°からようやく股関節の屈曲に働きます。
0~45°までは遠心性の収縮による作用であり、45°以上が求心性の作用となります。
このことから、求心性の大腰筋の機能を高めるのならば、股関節屈曲45°以上で運動療法を実施しなければあまり効果は期待できないということが言えます。
歩行など日常生活上において股関節45°以上を要求される動作はほとんどありません。
歩行に関して言えば、立脚中期〜後期の股関節伸展によって大腰筋が伸張されてその張力によって遊脚期へと移行します。
つまり、遠心性収縮を伴った股関節伸展運動が重要。
また、大腰筋を構成する筋繊維は白筋繊維:赤筋繊維(%)=50:50となっています。
赤筋繊維(遅筋)は酸素をより効率的に使用し、長期的な筋収縮のためのエネルギーを作り出すことに優れています。
短距離走など瞬発力が要求される運動よりは、マラソンなど持久力が要求される運動で使われますね。
脊柱や股関節を安定させる抗重力筋としての機能を鍛えるには、早くて高負荷の運動よりは遅く低負荷の運動の方が適していると言えます。
ハムストリングス
<大腿二頭筋>
起始:長頭-坐骨結節
短頭-大腿骨粗面の外側唇の中部1/3
外側筋間中隔
停止:腓骨頭
作用:股関節伸展・内転
膝関節屈曲
下腿外旋
髄節レベル:L5~S1
支配神経:長頭-脛骨神経
短頭-総腓骨神経<半膜様筋>
起始:坐骨結節
停止:脛骨の内側顆
顆間線および外側上顆
斜膝窩靭帯
作用:膝関節屈曲
股関節伸展
下腿内旋
髄節レベル:L5~S2
支配神経:脛骨神経<半腱様筋>
起始:坐骨結節
停止:脛骨粗面の内側
作用:膝関節屈曲
股関節伸展
下腿内旋
髄節レベル:L5~S2
支配神経:脛骨神経
ハムストリングスは膝関節屈筋というイメージが強いですが、股関節伸展にも作用します。
さらに、寛骨を介して大腰筋と拮抗する関係にあるため、ハムストリングスの機能が大腰筋に影響を与えますし、逆もまた然り。
股関節伸展時、大内転筋が最も大きいモーメントアームを有し、大腿二頭筋、半膜様筋・半腱様筋が次いで大きなモーメントアームを発揮します。
特に半膜様筋は股関節伸展筋の中でも大殿筋とともに最大の横断面積を持ちます。
ハムストリングスの股関節伸展に対する役割は大きく、中でも内側ハムストリングスの働きは重要となります。
骨盤・腰椎の評価
すでに説明していますが、股関節運動は大腿骨+骨盤+腰椎の複合運動です。
つまり、股関節の評価に加えて、骨盤と腰椎の評価もおこなって複合的に考える必要があります。
以下に簡単なチェック方法をまとめてあります。
PSISとASISの位置関係
矢状面でASISに比べてPSISが1~2横指高いのが正常。
骨盤は前傾することで骨頭被覆率が高まり、股関節が安定します。
つまり、骨盤が後傾しASISが高くなっていると骨頭被覆率が低い、股関節が不安定な状態と言えます。
骨盤の位置関係が問題で股関節の筋出力が出しにくい、痛みが出ているということも考えられます。
骨盤の前方・後方偏位
これも矢状面の評価ですが、前傾・後傾とは違うことを認識しておきましょう。
骨盤の上下と比較すると分かりやすいです。
腰椎と比較してどうなのか、股関節と比較してどうなのか。
骨盤の側方偏位
矢状面に加えて前額面の評価も加えるとより評価精度が高まります。
例えば、右腰方形筋が短縮すると骨盤の右が挙上、左が下制。
全体としてみると左へ偏位します。
間違えやすいのが、腰椎・骨盤・股関節のどれの制限なのか。
腰椎が右へ側屈しても骨盤は左へ偏位しますし、左股関節が外旋しても骨盤は左へ偏位します。
骨盤がどちらへ偏位しているのかと、それが本当に骨盤由来のアライメントなのかもきっちり評価しましょう。
腰椎の彎曲
視診に加えて触診するとよりイメージがつきやすい。
視診で右に側弯していると評価して、触診でどの部位から湾曲がはじまり、どの部位が湾曲の頂点なのかを評価できると、より立体的にイメージがつき他の部位との関連を考えやすいです。
また、腰椎が左側弯しているとすると、頸椎は右側弯などバランスをとって代償的なアライメントを呈していることが多いです。
その代償的なアライメントも頸椎由来なのか、腰椎由来なのかまで評価できるとベストですね。
股関節と姿勢の関係
股関節運動を分解した際に、股関節運動=腰椎+骨盤+大腿骨の動きとなるため、大腿骨の動きだけでなく、腰椎と骨盤を含めて股関節運動を考える必要があることは説明しました。
それも重要ですが、歩行時など立位下での動作では股関節に対する体幹の位置関係が非常に重要となります。
足関節の上に脛骨が乗り、その上に大腿骨が乗り、その上に骨盤、さらに体幹が乗ることで骨性の安定を得ることができるため、無駄な筋肉の緊張がなく体を支えることができます。
多くの場合、このように安定した姿勢をとることができないため、軟部組織の張力に依存する、または、必要以上に緊張させて姿勢を保持する戦略となっています。
股関節が伸展すると、運動連鎖で骨盤は後傾、腰椎前彎増強となります。
いわゆる、スウェイバック姿勢です。
この際、股関節の前面では大腿直筋や腸腰筋、体幹の前面では腹筋群の遠心性収縮、あるいは張力によって姿勢を保持しています。
姿勢を安定するためには、骨盤を後方移動・前傾させ、大腿骨の上に骨盤・体幹を乗せる能力が求められます。
筋肉で言うと、大腰筋の求心性収縮とハムストリングスの遠心性収縮が作用することが必要。
立位下で両筋が協調的に働くことで脛骨-大腿骨-骨盤-体幹が直線上に位置することができ、安定します。
要するに、いくら臥位で筋トレをしてもそれが立位や歩行時に活きてくるかというと別の話。
立位でも作用できるような戦略が必要なのです。
まとめ
- 大腿骨は前額面上で125°の頸体角、水平面上で15°の前捻角がある
- 寛骨は前額面上で35°のCE角、水平面上で20°の寛骨臼前傾角がある
- 骨盤前傾、股関節の屈曲、外転、外旋、あるいは伸展、外転、内旋で股関節の安定性が高まる
- 骨盤後傾、股関節の屈曲、内転、内旋、あるいは伸展、内転、外旋で安定性が低くなる
- 臼蓋は骨頭の2/3を覆っているが、前方、外側はを覆われていないので、靭帯や筋肉による制動が必要
- 股関節後方の筋群の密度が前方に比べて圧倒的に高いため、後方筋群の緊張が高まると骨頭が前方へ押し出される可能性がある
- 股関節の動きには骨盤がセットで動く、大腿骨盤リズムがある
- 大腰筋は屈曲角度で作用が変化し、股関節の安定性を高めるには45°以下で働かせる必要がある
- 股関節は骨盤と腰椎との複合運動なので、それらの評価も必要
股関節の構造からどのようにすると安定性が高まるか、不安定となるかをお伝えしました。
そこから安定性を高めるにはどのように考えるべきなのかを解説しました。
本記事で解説した股関節、それにかかわる骨盤や腰椎の構造を理解しておくと、ピラティスでもどのような運動が効果的なのか考えることができます。
ピラティスで行う各運動で股関節がどういう状態になっているのか、どうなると良くないのかを考えるきっかけになればと思います。
参考文献
1.P. D. Andrew, 有馬慶美, 他(監訳):筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版. 医歯薬出版, 2020, 523-588.
2.古後 晴基 :股関節屈曲運動における寛骨大腿リズムおよび寛骨後傾の左右差.理学療法科学, 2011, 26(4):521–524,
3.山嵜勉(編): 整形外科理学療法の理論と技術. メジカルビュー社, 1997, 115-143.